それにしてもやり投げ選手のピトカマキは他の選手にも感化を与えているらしい。日本の新井選手はピトカマキのスローイングをテレビで見て衝撃を受け、それでやり投げを始めたらしい。
ピトカマキは偉い人なのだろうと思う。
■8
こうして、自分の好きなものというテーマで文章を書くと楽しいことがわかった。
今後も継続していきたい。
また、「楽しかったこと」などのテーマで書くのも面白そうだと感じる。

それにしてもやり投げ選手のピトカマキは他の選手にも感化を与えているらしい。日本の新井選手はピトカマキのスローイングをテレビで見て衝撃を受け、それでやり投げを始めたらしい。
ピトカマキは偉い人なのだろうと思う。
■8
こうして、自分の好きなものというテーマで文章を書くと楽しいことがわかった。
今後も継続していきたい。
また、「楽しかったこと」などのテーマで書くのも面白そうだと感じる。
なんだか、自分の中の温度は上がらないが低温調理みたいに調理は進む、という感じか。
「高温の火が発生していないと料理をしている気がしない」みたいな心持ちを自分は抱いているのだろうか。
書きながら、自分の書いた「低温調理」とか「高温の火」というのは自分の心の中にある材料を言い表すのに割と適した表現のように感じる。
自分の過去記事の引用の手法のように、何かしらの手法が自分にうまくハマると、無限に文章を書けそうな感覚を覚える、とする。
ひひラジオ #8「関西」「関西弁」「京都」「京都弁」#note #note更新 #ラジオ note.com/hiro_hyoga/n...
今回のひひラジオはローカルネタ!
自分の地域や方言が持たれている印象と、自分の持つ印象について語ってみました!
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好きなものについて書く。6回目。
前の記事の最後で独学について触れた。自分は独学が好きだ。アフガニスタン復興に尽力した中村哲さんは独学で土木を学んだ。
陸上やり投げのケニア人選手 イエゴもYouTube動画によって独学で学んだ。人の独学エピソードを聞くのは楽しい。
そういっても、人が「良い師と出会う話」も聞いて楽しいと最近感じている。
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自分はラグビーのエディー・ジョーンズさんの本を読むのが好きだ。エディーさんの本の中に彼のお勧めの本のリストがあった。リストの中に「モリー先生との火曜日」があり、それによって自分はその本を読もうと思った。
エディーさんは「モリー先生」を、お気に入りの本だ、と書いている。エディーさんは1度、脳梗塞で倒れている。モリー先生は不治の病の中にいる。「獅子は獅子を知る」という言葉があるらしいが、「病を知る者こそが病を知る者を知る」と言えるのではないかと思う。
最初はテンポよく景色が変わっていたのに、奥へ行くとずっと走っているのに景色が変わらない、となる。
一体自分はいつまでこの景色を見ないといけないのか、ずっと走り続けても、それともここで立ち止まってしまっても、どちらにしても同じなんじゃないか?
そんな考えが湧いてくる。
こうして書いている断片的な書き付けを、時々自分で声を出して音読して、それをボイスレコーダーに録音して、時間のある時に何気なく聞き返しておくと自分自身の参考になるかもしれないと思っている。
それにしても、最近録画のサッカー・カタール対エクアドルの試合を見て、その前半の自分にとって面白く感じたシーンを覚えておけるよう手書きのメモを取ったが、こうした手書きのメモが自分としては散らばったり埋没してどこかに行ってしまいがちな傾向がある。
今書いているような、投稿していく断片的な書き付けの中に、…
相手の経験や技量(スキル)が「自分に流れ込んでくる」と感じることがある。
大学の時に仲良くなった友人がいた。
その友人はサッカー好きで、自分よりも格段に上手だった。
その友人と2人で何度もボールを蹴った。
そんなことを何度もして、時間と行動を共有していると、不思議とその友人のサッカー能力の一部が自分の中に流れ込んできて、自分のものになっていく感じがあるように感じた。
その友人との付き合いの以前と以後で、自分のサッカー能力は少し向上したように感じる。
10人(8〜12人)くらいでフットサルをしている時…
眠れない夜に観た『まめとむぎ』第1話🌱
「私も、ちゃんと発酵したい」
麦の言葉に、立ち直るまでの時間も大切にしたくなりました。
まめとの出会いから始まる再出発。
見どころや感想、連想した雑貨をnoteにまとめています。
よかったら読んでみてください📖
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回して遊ぶ、遊具の「独楽」は、回し始めは、回転の仕方が安定しないが、回り続けるうちに回転の仕方が安定してくる。
文章も、書き始めは、どういう書き方をしようか何かと迷いが生まれてきて、中々進め方が安定しないが、それでも継続している内に、進め方が定まってきて安定してくるもののように感じる。
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こうして文章を書いていると、時々いろいろ考えることがある。
例えば自分は、文章を書くときに何か余計な力が、自分のどこかにかかってしまっているのではないかと言うようなことを考えることがある。
走るときに、体のある一部に余計な力がかかっていると、効率よく走ろうと思っていても、体の中のアクセル機能に対して、意図せぬブレーキ機能が発生してしまっていて、走る効率が気づかないうちに少し悪くなってしまっていると言うような感じと似ている話だと思う。
自分が何か区切りになるポイントまで、一体どれだけ近づいたかわからないことは多い。
いい線まで来ているのか、それとも、まだまだ全然道のりが遠いのか。それがわからないことは、当事者にとって時になかなかつらいことに感じられるものだと思う。
99スライドまではゴールの匂いもしない場合もあり、
99スライド時点で、「まだまだゴールは遠いようだ」と思いながら、次の100スライド目を実行すると、枝が自重でメキメキと折れる、などということが世の中にはあるのではないか、と思っている。
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こうした患者Bの心の働きは、
「一人の音読」と「他者との音読」とにおいて、似たものがある。
「一人の音読」の時、音読者の内側の、今まで物陰に隠れていた「色々な自己」がわらわらと広場に集まってくる。
外の世界に対する外交大使となっている理性と悟性は、その時にこそ、自己の内側の諸要素と対面し、心を通わす機会を得られる。
しかし、「他者との音読」では、自己の内の外交大使のみが応対に出向く。
自己の内側の諸要素は、他者の気配に気づくと、物陰に隠れ、存在しないもののごとく振る舞う。
③フォールアウトボーイ
I’m Like A Lawyer With The Way I’m Always Trying To Get You Off
……
この③の楽曲とMVは、授業で視聴した時も、そしてその後、プライベートで視聴した時も、自分の心に印象的なものとして刻まれた。
……
このMVから受け取った自分の中の印象が、「自分の勝手な解釈なのではないか?」という疑問を持っていたが、改めて今、この楽曲のMVに寄せられた他の視聴者のコメントを見て、自分の抱いた印象は間違っていなかったという確信を得た。
1月~9月の事業所でのお仕事と、これからについて。~「本当にすべきこと」を目指して~ #note #note更新 #仕事 #事業所 note.com/hiro_hyoga/n...
今年の頭は「事業所のために生きている」と言えるほどモチベが高かったですが、頑張りすぎたこともあって、今ではまったく違う考えでいます。
多分昔読んだフットボリスタの記事で、スローインについて書いているものがあって面白かった。
サッカーにほとんど関係がない、あるイングランド人がいて、その人は投擲とか投球とか、物を投げるということにひたすら関心があったらしい。
参考 フットボリスタ (記事は途中から有料)
www.footballista.jp/special/103805
その人は、投げることへの関心からのつながりで、ある時からサッカーのスローインについても独自の考察や研究を深めていったらしい。
その研究にサッカー界の人間はほとんど…
画家の中川一政さんは、上手に描かれた死んだ絵画よりも、幼稚で稚拙でも何か生きている絵画、の方が良いという意味のことを書いている。
自分はこうして色々と文面を記述しているけれど、自分にとって、何か生きているものを書けたらいいなと思っている。
自分にとって、自分と深く密接に関わった何か、を書けたらいいなと思っている。
書いた文言が、その内側で、脈打っていて、確かに鼓動している、確かに生きている、
と「自分には感じられる」、と言うものを書けたらいいなと思っている。
繰り返しになるが、岡の話す「詩という言葉についての話」の内容は、中川一政の本で書かれている説明とよく似ている。両方読んで知っていると二つの目でものを見るような具合によくものが見える。
こういうものごとは「点」で接すると実にものが見えづらい。
小林秀雄と岡潔の対談本をより深く味わいたければ、彼らの同時代の知識人の書物を広く読んで、「線」や「面」のような感じで接するようにした方がものが見えやすくなる気がしている。
昔の本への読みを深める歩みにおいて、自分は暗闇の中を手探りで歩いているような感覚をよく覚える。
以下は、古書の内部を洞窟に例えた場合、「その内部構造をよくわかっていない探索者の一人」が、自分の便宜のために「自分のために、間に合わせの地図を描くならこんな感じになる」という具合のものになるように思っている。
クレオパトラを描いた映画の中で、都の大きな図書館が火災で焼失しようという時、それをクレオパトラが目撃して大きなショックを受ける場面があって、それが自分の印象によく残っている。
書物に強く惹きつけられた経験がある人なら、書物というものが「書物以上の価値を持つもの」として見えてくる、ということがあると思うが、
(これは、一般に考えられているよりも、ずっと意味や価値のあるものとして書物というものを捉えるようになることを言いたい)
そうした経験をすると、本人にとって、この上ない価値や意味を持った書物の宝庫である図書館が、…