文化十四年(1817)に白河藩主松平定信によって霊山に北畠顕家らの忠節を讃える霊山碑が立てられたことがこの神社の始まりで、
明治時代に米沢藩の儒者・中山雪堂と医師・西尾元詢によって顕家らの英霊を祀る神社の創立運動がおこり明治九年(1876)の明治天皇の東北巡幸を機に、明治十三年(1880)霊山西方山麓の北畠氏の支城があった地に社殿が造営された。
明治期、元会津藩筆頭家老であった西郷頼母が神社の神職を勤め、親族の西郷四郎(姿三四郎のモデルとされる)を養子として育てた。
春季例大祭では北畠顕家によりこの地域に伝わったとされる剣舞が奉納される。
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