秀長が城を増築する際、城の近隣はまったく石が採れない地層のため、周辺の寺院等から石をかき集めた。郡山城の石垣には変わった由来の転用石が多く使われているが、天守台北面では逆さに積み込まれた地蔵(逆さ地蔵)が見られる。
豊臣政権時代後期に入城した増田長盛により郡山城下を堀と土塁で囲む壮大な惣構えが構築された。外堀の全長は約5.5kmに及ぶ。
現在、天守は残っていないが近年追手門・追手向櫓・東隅櫓などの門や櫓が復元され、往時の威容をしのぶことができるようになった。
天守台の展望施設からは大和郡山の街並みの他、奈良盆地を一望できる。
#大和郡山市 #郡山城 #豊臣秀長 (2/2)
