825年、杜牧は『阿房宮賦』を書いた。題材は秦だが、本人は書簡で、唐の宝暦年間の宮室造営と享楽が執筆の動機だと述べている。
秦人不暇自哀,而後人哀之;後人哀之而不鑒之,亦使後人而復哀後人也。
鑒は鏡、転じて戒めを意味する。歴史を鏡としても、見ようとしなければ同じ嘆きが繰り返される。
『旧唐書』魏徴伝は、太宗の言葉「以古為鏡,可以知興替」を伝える。
唐は82年後に滅びた。そして今、彼を読む私たちが後人である。
歴史という教師は優秀だ。何度も教えてくれる。それでも学ばないのは、歴史ではなく生徒のほうだ。
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