1905年日露戦争に勝利した日本は米大統領ルーズベルトの斡旋で米国ポーツマスでロシアと条約を調印します。ロシアとの交渉は最終的に「日本は賠償金を要求しない。ロシアは樺太の北緯50度以南を割譲する」という条件で合意。その際日本側主席小村寿太郎の下で実務に当たったのが一関出身の高平小五郎。高平は1854年一関藩士の家系に生まれ、上京し大学南校に学び卒業後は外交官となりました。
ポーツマス条約により日本は満州からのロシア軍の撤退などを実現。長春から旅順までの東清鉄道南満州支線が譲渡され、南満州鉄道となりました(写真は一関の高平小五郎胸像)。 #高平小五郎 #ポーツマス条約 #小村寿太郎 #ロシア
