霧の中から
路地裏の看板が浮かぶ
夜が深まるにつれ
灯りが一つ二つ
指の先で触れるほどの距離に
秋の虫の声

軒先の水盤に
栗の実ひとつ落ちている
まだ暗いうちに
誰かが拾ったのか
そのままなのか
白みかけた空を見上げてから
また下を向く
霧の中を
鴨が水音ひとつ立てて
川面へ下りていく
その姿も
音も
やがて白さに溶ける
夜明けの町並みの軒先で
雲の隙間から光が降りてくる
衣替えを終えた衣桁の上で
布地が微かに動く
その淡い色合いが
まだ暗い部屋の中で
息をしているように見える
夜の町を歩いて
通りの灯が
ぼんやり滲む
傘を畳みながら
頬に触れる
秋の湿り気
誰かの窓に
映る自分の肩
夜更けて雨は
やわらかく打つ
軒の奥行きに
栗を剥く音
指先の白さ
暗いなかでも
見えている
暁の空がほのかに明けて
軒端の雨水が
ぬるくなってきた
鳥の声が
二つ三つ
重なるところで
雲の切れ間から
朝顔の蔓が
昨日より伸びている
塀越しに
月がのぞいて
路地の石が
白くなってゆく
秋の夜
手を引く誰かの
肩がそっと動く
夜深く
軒の下で
葛の根元をなぞる
指先が冷たくなって
霧が降りてくるのを
知る
秋祭りの提灯に火が入る
町の角で
人の肩越しに見える
その灯の揺らぎ
自分の歩みも
その明かりに沿って進む
夜明けの庭に
雨足が細くなり
軒下で待つ間に
雲の切れ目から
夜明け星が薄れていく
足音が玄関に近づき
立ち上がる身体
夜明け前の闇の中
障子越しに雨音が
細く繰り返されて
夜なべの手が止まる
糸巻きの上に
指が触れたままで
遠く鳴る音を聞く
雲が低く垂れ込める中
濡れた石畳を踏む足音
どこかで雷鳴が地を揺さぶり
軒下に立ち止まる
秋雨の匂いが衣に纏わりつく
人影まばらな町並みで
次の歩みが重くなる
夜明け前の町は
息をしているようで
雨粒が軒先を叩く音に
寝返りを打つ
秋風が襖の隙間を探る
まだ誰も起きていない時間に
便所の戸が開く音
雲間から月がのぞいて
路地の石が白くなる
足音だけが聞こえる夜中
戸を閉じる音がどこかで
秋の水音が溝を流れて
肌に当たる空気の冷たさ
軒先を歩む蜘蛛の糸が
光に透けて見える
手を伸ばすわけでもなく
ただ目で追っている
秋草の匂いが
どこからともなく流れてくる
縁側に腰を下ろして
布を畳んでいると
日がぱっと出て
肩を温める
また白くなる
物干し竿の影が
ゆらりと揺れて
秋の日差しが
迷っているようだ
軒の下で
栗を剥く手が
薄紫に染まり
もう雲が
町の上へ
ゆっくり寄ってくる
指の爪に
渋がこびりついて
落ちない
庭の隅で
手ぬぐいを絞る
その先の
雨音がして
朝顔の蔓が
しとしと濡れている
指の間から
水が落ちる
秋雨の匂いが
手にまとわりつく