私が昨年出した『高野長英と吉田松陰』(日本地域社会研究所)で紹介した松陰は下田と深い縁があります。松陰は長州萩の生まれ、長崎に遊学後江戸に出て佐久間象山に学びました。海外情勢を知るために海外渡航を決意した松陰は浦賀で黒船を見、弟子と共に下田へ。1854年4月下田に到着したペリー艦隊に乗り込もうとしました。松陰らは柿崎弁天島より小舟でペリー艦隊の旗艦ポーハタン号に乗り付け、海外渡航したい旨を伝えました。
日本人の海外渡航は禁止されていて、ペリー側は松陰の希望を拒絶しました。松陰らが引き返して自首した地には「吉田松陰拘禁の跡」の碑(写真)が建っています。 #吉田松陰 #下田 #ペリー #佐久間象山
