「自己責任」という言葉は美しい。けれど、その骨組みに血の通う暮らしを預けていいのか。
子守唄はいつか覚める。覚めた朝に、何が残るか。
テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの四部構成で書いた詩です。
『自己責任、という名の子守唄』
kakuyomu.jp/works/291205...

「自己責任」という言葉は美しい。けれど、その骨組みに血の通う暮らしを預けていいのか。
子守唄はいつか覚める。覚めた朝に、何が残るか。
テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの四部構成で書いた詩です。
『自己責任、という名の子守唄』
kakuyomu.jp/works/291205...
心が死ぬ日は、未来を語らなくなった日。
過去は地図であって住処ではない。未来は帆であって船そのものではない。テーゼとアンチテーゼが出会う場所に、ジンテーゼとしての「今」が立つ――
新作詩「心の三角形 ―過去・現在・未来を編む詩―」を公開しました。方丈記の無常観と弁証法を編み込んだ一篇です。
#カクヨム #詩 #ホープパンク #創作
kakuyomu.jp/works/291205...
鏡は先に笑わない――我を抜けば、神となる。
新作「蛭子の海、目覚めよ日本」――神々は最初から、そこに居た、を公開しました。
荘子の「至人の心は鏡のごとし」から天照の岩戸神話へ。テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの構造で、鏡が影を継ぐ器から、光を呼び覚ます器へと反転していく詩です。
映すことは選ぶこと。希望的観測ではなく、これはもうひとつの祈りです。
新作詩を公開しました。
『驕れる知、鏡を割る』(「蛭子の海、目覚めよ日本」内)
「知の塔に、影が差す。」を骨格に、差別という刃を掲げる者が、いつしか自分自身の谺に射抜かれるという逆説を、正反合(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)の構造と、古典からの本歌取りで描きました。
新作公開しました📚
美術館図書館博物館――灯を消すな
「蛭子の海、目覚めよ日本」――神々は最初から、そこに居た
アレクサンドリア図書館の焼失、焚書坑儒、荘子の「無用の用」……
知を灯に喩え、多様という名の無数の小さな火を守ることをテーマにした詩です。
一色に染まらぬ国だけが、次の時代を渡り切る。