たまにある眠れない夜は、目を閉じること自体が苦痛で。しかたがないので起き上がり、とぷんと湯船に浸かる。ゆらゆら輪郭が揺れる体を眺め、体の力を抜いていく。硬かった私の輪郭を解いていくのだ。暖まったらあらためて布団に入る。とろり蕩けていくのは重力によって。力が抜けて、やっとおやすみ。

たまにある眠れない夜は、目を閉じること自体が苦痛で。しかたがないので起き上がり、とぷんと湯船に浸かる。ゆらゆら輪郭が揺れる体を眺め、体の力を抜いていく。硬かった私の輪郭を解いていくのだ。暖まったらあらためて布団に入る。とろり蕩けていくのは重力によって。力が抜けて、やっとおやすみ。
#140字小説 子供の頃、障子に指で空けた穴から向こうを覗くといるはずのない亡き叔父が見えて「悪い子だなあ」と笑われたのだが、ふと思い出して、拾った葉に穴を空けて向こうを覗くとやはり叔父がいて「悪い子だなあ」と笑って、「こっちだ、ついておいで」と遭難した私を山の麓まで案内してくれた。
2026/09/09
#140字小説
#140字小説 「いろんな方に使われて九十九年。貴方様の手が一番優しくあたたかく、幸せでございました。百年を迎える前に貴方の手で割って下さいな」美しい黒髪の女。病床の茶人が見たのはただの夢だったのか。それとも付喪神になる寸前の茶碗の祈りか。「貴方のいない世で神に成ってどうしましょう」
※再掲です
いつまでもぬくぬくと眠っていたいのに、そういうわけにもいかないのが世知辛いところだ。のそり、なんとか体を動かして置きあがる。どうやら今日は雨が降っているらしい。雷を鳴らすかどうかしばし悩む。寝起きの頭はぼんやりしている。結局雷は鳴らさないことにして、雲を流す風を少し吹いておいた。
「ねえ、どうして忘れたの」「ごめん」「謝って欲しいんじゃないの。ただ思い出して欲しいだけ」「ごめん、何も分からない……」「あなた自身のことでしょ!?」「何も、覚えていないんだ。自分のことも……」「そんな、ねえ、どうして私のことが分からないの! ねえ、思い出してよ……お願いよ……」
#140字小説
#140字小説 ツテのツテに紹介された老婆に山奥を案内され、その細い川に辿りついた。しばらく待つと、やがて見覚えのある指輪が流れてきた。「ここに届いたなら、それは遺品だってことだよ」そうか。あの人はもう……。ここは枝分かれした支流で、流れはまた戻っていくそうだ。元の三途の川に。
2026/09/08
#140字小説
#140字小説 惚れた女の頼みじゃから仕方ない。川辺の晒し首の中から、愛しい男の首を盗んでくれろと……一番ええ色男と聞いたものの、色男の首が二つありよる。仕方ないから両方盗み、片方は女が泣いて持っていった。片方は「共に江戸を荒らすか」と首だけで笑いよる。とんだ魔物に憑かれてしもうた。
※再掲です
私は寿司である。食べられる寿司ではないが、概念的には寿司である。酢飯という冷めても食べられる米に魚を始めとした様々なネタを載せたものが寿司であるなら、私は寿司である。人当たりは良い方だと思う。比較的冷めているが。役割というネタで様々に振舞えているつもりだからやはり私は寿司である。
2026/09/07
#140字小説
#140字小説 長年勤めた会社をやめ起業し最初は順調だったものの次第に売上が落ちいよいよ……となったとき、支援者が現れた。彼女は言った。「貴女は私を知らないでしょうが私は貴女を知っています。この本にどれだけ救われたことか」それは何十年も前に私が作った同人誌だった。私は悲鳴をあげた。
※再掲です
夢の中にカメラを持ち込んで回すと、大スペクタクル映画が撮れた。撮れたのだが、どうにも筋がめちゃくちゃだ。ここからの編集が監督の腕の見せ所だろう。映像を切って貼って、筋らしきものを際立たせていく。必要ないかもと思った箇所は派手であっても捨てる勇気が必要だ。完成した映画を部室で流す。
2026/09/06
#140字小説
#140字小説 「前世はプレシオサウルスですね」通りすがりの占い師にそう言われた。海棲の恐竜。「前世から二億年もブランクあんの? その間おれ何やってたの?」占い師は首を傾げた。「ブランク、ほんの数十年ね。まだどこかで生き残ってるんじゃないかしら。何か覚えてない?」遠い深い海の記憶。
#140字小説 その頃ドン底だった僕はよっぽど酷い顔をしていたのだと思う。展示会で有名画家が話しかけてきた。「その絵、気に入ったならあげようか」心安らぐような澄んだ泉の絵だった。「そんな金ありません」「じゃあ」画家は絵の片隅に、小さな子供を描き足した。「君だよ。この場所をあげよう」
※再掲です
嬉しい手紙を貰ったので早速返信を書く。棚に並ぶインク瓶からブルーブラック系のものを選ぶ。なんだか洒落た名前が付いているけれど、相手には伝わらないだろう。構わない、私の自己満足だ。嬉しい手紙のお礼だ。ガラスペンを取りインクを吸わせる。さらさらと文字で便箋が埋まっていく。ありがとう。