→昨年は権力も権限も無いにも関わらず、すたっふの名で参加者一人を吊し上げてねっとりんちをしておりました。
運営が公式に注意すれば済む話をすたっふ名義で晒して敢えて炎上させ、複数人で凹っていらしたので、すたっふが気に入らなければ本当に何でもしますよ。
金吾や友人が合戦絵巻に参加出来ないのも個人的な嫌がらせです。皆で楽しむ心とか無くて、運営の実績作りと優越感でやってますので。

慶安四年(1651)9/29は小早川秀秋正室古満姫の命日です。
古満さんとの間には子は無くボクらはうまくいかなかった。
関ケ原の頃には離婚調停中みたいな感じだし関ケ原の翌年の8月には古満さんの再婚話が上がっている。
毛利の姫として誇り高き彼女にとって豊臣を捨てないボクは許せなかったのだろうな。
古満さんとの離婚の原因は外に子がいたことによるものだ。
産まれた子は女の子だったが古満さんは許さず小早川に迎えることもなかった。
毛利と豊臣に分かれる家臣や侍女たちも初めから余り仲が良くなかったからそもそも上手くいく夫婦ではなかったのかもしれない。
再婚して幸せだったらいいな…(続く→)
#戦国