
#十二国記 『風の万里、黎明の空』
慶国の人々が、日々の暮らしをより良くするために、身分の違いを超えて誰に対しても臆せず意見を言えること
互いに顔を上げて、相手の言葉に耳を傾けること
自主自律、一人ひとりが自分の人生の主人であり、国をつくる当事者
素晴らしい、1万年続いてくれ…!!!
そして現実の日本を思うと、クソすぎて辛くなる
口を封じられる前に、今の普通が本格的に脅かされる前に、自分の意見を言い続けたいわね!!!滅!!!
「幽冥の岸」を読んだあと、「これは戴国に帰らねば!」と思ったので、読み始める。
二度目読み。
読み方が分からなくなって、ページを戻りながら進める。
十二国記のいつもの読み方。
途中にサラリと「幽冥の岸」につながる小さな小さなエピソードが入る。
もちろん初回には、なんの引っ掛かりも覚えず通過した部分。
伏線回収✨
正直、戴の話は重すぎて、「幽冥の岸」がなければ戻ろうと思わなかったかもしれない。
苦しい気持ちになることもたくさんある。
それでも第二巻へ。進めるよ。
白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫) amzn.asia/d/0cJ5Yr0L
最高だった……!!!✨️
【日記】『幽冥の岸』を読み終わったこととか、再びAudibleを始めることとか|くみた柑 @KumitaKan #読書感想文 #十二国記
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まー「孤高不恭の生き物」らしいから、概してムカつく態度しか取らないのが麒麟なのだろうな。『白銀』の泰麒も、これがあの泰麒か?ってくらいふてぶてしい態度取ったりしてたし、『魔性』でもそうだった。
スクショは孤高と不恭の辞書的意味だけど、こうして見ると一番の臣下の態度としてはひっどい。つまり麒麟は王が大好きだが恭順ではないし、生まれつき無礼である。私は若干麒麟が嫌になった。何やらDVめいている。麒麟うぜぇと思って道を踏み外した王も数多いに違いない。諌言を受け入れてこその王なのだろうけど。
んで今は『風の海』を読んでいるけど、景麒という麒麟には、繊細さと優しさ、豪胆さを持つ王が必要だったから、天意が予王や陽子を選んだのかな。もちろん基準なんか知る由もないけど、景麒みたいな性格のやつには、そういう王が必要だったのかもしれない。そして、陽子という王には、明らかに他人で、思い通りになんかならない、つまり冷たい麒麟でよかったのだと思う。もう陽子が、他人におもねるだけの人間にならないために。何だか反感を覚えるような麒麟で、きっとちょうどいいんだよ。はー陽子好きや……
あと気づかなかったけど景麒が敬語で話すことが増えたような?そして若干ながら口調が柔らかい?……気がする。きっと陽子のお陰なんだろうなあと何となく感じる。陽子と仕事する中で身につけた社交性なんじゃないかなあ。『月の影』の景麒ときたらまーじでコミュ障もいいとこだったので、この変化が陽子という主人のパワーだと私は信じているし、景麒も麒麟なのだなと改めて。
『月の影』を読んでから『幽冥』p327の陽子の台詞を読むと、そんなにも苦しんでいるのか……と思う。あれは、景麒に問いただしもせず言われるがままに「許す」と答えてしまったことに対する、主体性のなさという罪なのかなと思う。
ときどき謙虚がすぎるきらいはあるけど、何も迷わない傲慢な王ではないのが陽子のいいところだなあ。麒麟に選ばれたから王は王だ!みたいな性格ではないところが。王宮の内部を和やかにする王さまって、結構素敵だと思う。
この連休でこそ最終章を読み切りたい。
李斎さま好き〜🥰
Xでも流したやつ
十二国記